「much+比較級」と「even+比較級」はともに〈比較の強調〉と紹介されることがありますが,本質は違います。
(1)much+比較級「はるかに……」
「much+比較級」の本質は「差が大」ということです。身長180cmの人は身長150cmの人よりmuch tallerですね。muchの代わりにfar,by far,very much,infinitelyもあります。×very tallerは不可です。
(2)even+比較級「さらに一層……」
「even+比較級」の本質は「差が大」ということではなく,単純に(1)の言い換えにはなりません。「差が大」でなくていいのなら,ただの比較級と何が違うのでしょうか?
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まずただの比較級の場合を考えましょう。身長90cmのAちゃんと100cmのBちゃんという幼稚園児がいました。Bちゃんがtallerです(ちなみに「2人のうちでtallな方」と言う場合,the tallerと言えます)
しかしBちゃんは,tallな人とはふつう言いません。普通tallと言えば,現代の尺度では175cmとか,180cmとかでしょう。さらに,AちゃんBちゃんに110cmのCちゃんが加わるとCちゃんがthe tallestですが,やはりCちゃんはtallではありません。このように比較級,最上級で表されたものが必ずしも原級で表した状態ではないことは重要です。単純に原級<比較級<最上級ではなく,tallな人だけがtallで,taller(Bちゃん)だったりtallest(Cちゃん)である人は,実はshortだなんてことがあるのです。
今話した,ただの比較級では絶対的にそうだということにはならないという実例が,北欧神話全訳プロジェクトの中にありました。Asgard Stories 10の
in a lighter place, sat their king
という箇所です。their kingとは「ドワーフ達の王」なのですが,ドワーフたちが暗い場所で働いているのに対し,彼らの王は「ややましな明るさの場所(a lighter place)」に座っていたのです。地上界からすれば決して明るいところではなかったでしょう。
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さて,以上はただの比較級の話でした。「even+比較級」は,これに以下の限定を加えるものです:
「even+比較級」を使った場合,比較対象も絶対的にそうだということになる
つまり単にtallerと言った場合,100cmの人かもしれない(比較対象が90cmなだけ)が,even tallerと言うと,「比較対象もtallなのだが」というニュアンスが加わるのです。比較対象だってなかなかなのだが,それに「輪をかけて」そうだ,ということになるのです。よってeven+比較級を訳す場合は「はるかに」としないで,「さらに一層」「なお一層」などと訳しましょう。
なお,このeven+比較級の例も「北欧神話」の中に登場します。100年前の本とはいえ,実際の文章を読んで勉強していくのはためになりますね。Asgard Stories 15にeven more troublesomeという表現が登場します。以前も耐え難いほどtroublesomeだったのですが,それを上回る形でtroublesomeになってきたので,evenをつけたのです。どれほどtroublesomeなのか,被害者が誰かは,公開を楽しみにして下さい。下手人はもちろんあの神です笑