フレイニャのブログ

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古文の勉強10:『徒然草』仁和寺にある法師(52段),これも仁和寺の法師(53段)

前回までの『更級日記』に続き,今回はとても有名は卜部兼好(うらべのかねよし)吉田兼好(よしだけんこう),兼好法師,13~14世紀)の『徒然草』を読みます。

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仁和寺に、ある法師、年よるまで(年寄りになるまで)石清水(京都府八幡市にある男山八幡宮)を拜まざりければ(拝まなかったので)、心憂く覺えて、ある時思ひたちて、たゞ一人かちより(徒歩で)詣でけり(参詣したそうな)。極樂寺、高良(こうら)(高良神社)(共に男山の麓にある寺・神社)などを拜みて、かばかり(これだけ)と心得て()りにけり。さて(かたえ)の人(仲間)に逢ひて、「年ごろ(長年)思ひつる事果たし侍りぬ。聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。そも(それにしても)參りたる人ごとに山へのぼりしは、何事かありけむ(参拝した人々がそれぞれ山に登っていましたが,何があったのでしょうか)、ゆかしかり(見たい・知りたい)しか(過去の「き」已然形)ど、神へまゐるこそ本意なれと思ひて(神に参ることこそが本来の目的だと思って)、山までは見ず」といひける。すこしの事にも先達(せんだち)(先輩、案内者)はあらまほしきことなり。

・仁和寺は京都市右京区にあり,宇多天皇(867~931年)の時代からあります。

・私は京都府八幡市立男山第三中学校出身です。初詣は当然,石清水八幡宮です。仁和寺から男山八幡宮に徒歩で行くのは無謀です笑 電車・バスなど使っても1時間半くらいかかりそうです。

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・「かちより」の「より」は手段を意味します。他に「起点」「経由地」「比較の相手(~より安い)」「~よりほかにない の より」「~するやいなや」があります。

・「まほし」は願望の助動詞で,未然形(あら)に付き,活用は形容詞シク活用型です。

・この人は石清水八幡宮のことを誰にも聞かず,かつ一人で行ってしまったので,実は八幡宮が山上にあることを知らなかったのですね。仁和寺の法師の体験談を聞かされた仲間の人が何と答えたかまで書いてほしかったです笑。なお徒歩で山に登るのも一興ですが,一度はケーブルカーに乗りましょう。行きはケーブルカー,帰りは徒歩で下山も良いですね。

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・文法的に面白いのは,兼好法師にとっては他人(仁和寺の法師)の経験談なので「けり」を使っていますが,仁和寺の法師のセリフの中は「き」(直接体験過去)になっていることです。参拝者たちが山に登っていることなどは本人が直接見ているからですね。

直接過去の「き」:(せ)/○/き/し/しか/○[基本的に連用形に付くが,カ変・サ変の場合は「こし(か)」「せし(か)」と未然形接続もある]

過去・詠嘆の「けり」:(けら)/○/けり/ける/けれ/○[ありと同じラ変型;連用形に付く]

詠嘆の「けり」としては中村草田男の「降る雪や明治は遠くなりにけり」が有名。

 

ちょっと短かったので次の53段「これも仁和寺の法師」も読みましょう。これも割と有名なものです。

これも仁和寺の法師、童の法師にならむとする(子どもが法師になろうとする)名殘(最後の別れ)とて、各遊ぶことありけるに、醉ひて興に入るあまり、傍なる(そばにある)足鼎をとりて頭にかづき(かぶり)たれば、つまるやうにするを、鼻をおしひらめて(鼻を押して平らにして)、顔をさし入れて舞ひ出でたるに、滿座興に入ること限りなし。

ここは割と読みやすいですね。鼎をかぶろうとしたら鼻が引っかかったので,鼻を押さえて平らにして顔を押し込み,鼎をかぶって舞ったら,大盛り上がりだったと。

・「場所なる」は「場所にいる・にある」です。以下にも出て来ます。

 

しばし奏でて後、()かむとするに、大かた(全く)拔かれず。酒宴ことさめて(事醒めて=興ざめして)、いかゞはせむ(どうしようか)と惑ひけり。とかくすれば(あれやこれやすると)、首のまはり()けて血垂り、たゞ腫れに腫れみちて、息もつまりければ、うち割らむとすれど、たやすく割れず、響きて(叩くと音が響いて)堪へがたかりければ、叶はで(割ることが叶わず)、すべき樣なくて、三足(さんぞく)(鼎の三つの足)なる(にある)角の上に帷子(麻などの着物)をうちかけて、手をひき杖をつかせて、京なる(京にいる)醫師(くすし)(がり)(もとへ)率て行きけるに、道すがら人の怪しみ見る事限りなし。醫師の(もと)にさし入りて、むかひ居(向かって座る)たりけむ有樣、さこそ(さぞかし)異樣なりけめ。物をいふも、くゞもり聲(鼎の中でこもった声)に響きて聞えず。かゝる事は書にも見えず(記録もなく)()へたる教へもなしといへば、また仁和寺へかへりて、親しきもの、老いたる母など、枕上により居て泣き悲しめども、聞くらむとも覺えず(本人は聞いているだろうとも思われない)。かゝる程に(こうしている間に)、或者のいふやう(ある人が言うには)、「たとひ耳鼻こそ切れ失すとも、命ばかりはなどか生きざらむ(どうして生きられないことがあろうか)、たゞ力をたてて引き給へ」とて、藁の(しべ)をまはりにさし入れて、金を隔てて(鼎の金属の部分と顔の間に隙間を作って)、首もちぎるばかり引きたるに、耳鼻かけうげながら(耳鼻が欠けて穴が開きながら)、拔けにけり。からき命まうけ(危うく命拾いして)、久しく病み居たりけり。

・「堪へがたかり」はク活用の形容詞「堪へがたし」の連用形ですね。

 く・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ

・「場所なる」は「場所にいる・にある」ですので,「京なる」は「京にいる」です。阿倍仲麻呂「天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山にいでし月かも」が有名でしょう。

・「けめ」は過去推量などの意味を持つ助動詞「けむ」の已然形で,已然形になっているのは前に「こそ」があるからでしょう。

・「うぐ(穿ぐ)」は「穴が開く」。「穴を開ける」は「雨垂れ石を穿つ」の「うがつ」ですね。

・「からき命まうけて」の「まうけ」は「設く・儲く」(下二段;もうける)です。

・えらく悲惨な話ですが,なぜか笑ってしまうのは,「さすがにそんなこと,ある?」と思ってしまうからでしょうか。

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次回は『平家物語』の一節を読みます。

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