前回は『源氏物語』をやっていましたが,『更級日記』にかわいい猫にゃんが出てくる話があるのに飛びつきました。「ウィキソース」に2種類の原文があります。
花の咲き散る折(季節)毎に、乳母なくなりし折ぞかし(季節なんだよな)、とのみ(ただ)
・「ぞかし(係助詞ぞ+終助詞かし)」は「~なのだよ」と念を押す表現です。「かし(か+し)」も念押しの意味です。なお,文末の「ぞ」を終助詞とする説もあります。
・猫がやって来た方向が見えない(どこからともなくやってきた)というのは,ちょっとした伏線になっています。「来つらむ」は「来」+「つ」(完了強意)+「らむ」(現在推量,原因推量,伝聞婉曲)です。
いづくより來つる猫ぞと見るに、姉なる人、「あなかま(静かに)、人に聞かすな。いとをかしげなる猫なり(とてもかわいげのある猫だ)、かはむ(飼おう)」とあるに、いみじう人馴れつゝ(とても人に慣れていて)傍にうち臥したり。尋ぬる人やある(この猫を探している人がいるのか)、とこれを隱してかふ(飼う)に、凡て(全く)下衆のあたり(身分の低い人の辺り)にも寄らず、つと(ずっと)前に(私達姉妹の前に)のみありて、物(飲食物)もきたなげなるは、ほかざま(よその方向)に顔をむけてくはず(食べない)。
・姉のことを「姉なる人」って言うんですね。『更級日記』には「叔母なる人」「継母なりし人(=継母だった人)」「乳母なりし人(=乳母だった人)」という表現もあります。2人は作者より先に死んだのでしょう(年齢的に普通のことですね)
・「あなかま」(静かに)の「かま」は「やかましい」「かまびすしい」に残っていますね。「やかましい」も「かまびすしい」も「喧しい」と書くようです。
姉
・「弟(おと,おとと,おとうと)」は弟の意味にも妹の意味にもなるので文脈に注意
・「まとはれて」は下二段活用「まとはる」の連用形「まとはれ」+「て」であり,「れ」は助動詞「る」ではありません。
姉の惱む(病気で苦しむ)事あるに、物さわがしくて(何かと慌ただしくて)、この猫を北面(北向きの部屋)にのみあらせて(いさせて)、呼ばねば、かしがましく(やかましく)啼き
・「こちゐてこ」の「ゐて」は「
「夢にこの猫の(猫が)側に來て、『己は、侍從大納言殿の御女のかくなりたるなり(このような姿になった者だ)。さるべき(そうなるはずの)縁(因縁)のいさゝか(少し)ありて、この中の君(妹さん)の、すゞろに(やたらと)
・「中の君」は「次女,二番目の姫君」つまりここでの「妹」(=著者)のことです。「長女」は「大君」です。
・「あてに」は形容動詞「
・私が面白いと思ったのは,猫がそのままでは我々と意思疎通できず,夢を通じて初めて意思疎通できたという設定です(設定というか,日記なので体験談ですが)。古代人は夢を通じて,遠くにいる人や,本来は意思疎通できない存在と意思疎通できると信じたのでしょう。
その後は、この猫を北面にも出さず、思ひかしづく(心をこめて世話する)。唯ひとり居たる所に(自分がただ一人でいるところに)、この猫がむかひ居たれば、掻い撫で(やさしく撫で)つゝ、「侍從大納言の姫君のおはするな(いらっしゃいますね)。大納言殿に、知らせ奉らばや(お知らせしたいものです)」と言ひかくれば(話し掛けると)、顔をうちまもりつゝ(じっと見守りながら)、長う啼くも心のなし(心なしか)、目のうちつけに(ちょっと見たところでは)、例の猫(普通の猫)にはあらず、聞き知り顔に(分かっているような顔で)あはれなり(かわいい)
・終助詞「ばや」は「……したいものだ」と願望を示します。
・「言ひかくれば」は「言ひ」+「隠れば」ではなく,下二段活用の「言い掛く」(話し掛ける)の已然形「言い掛くれ」+「ば」です。「掛く」(掛ける)には四段と下二段があるらしく,下二段の場合はこうなります。
「掛く」:掛け/掛け/掛く/掛くる/掛くれ/掛けよ
・余談ですが「隠る」にも四段と下二段があるようです。
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~この話の後日談~
ウィキソースの『更級日記』に目を通していたら,とても悲しい文に出会いました。
“火の事ありて、大納言殿の姫君と思ひかしづきし猫も燒けぬ”
にゃんとこの猫ちゃん,火事で死んでしまったのです(治安三年=1023年卯月の出来事とある)。にゃんと悲しい泣 さらに翌月「姉なる人」も出産時に亡くなっています(子うみてなくなりぬ)。著者は1008年生まれなので,15~16歳の時にこの不幸に見舞われたことになります。姉は20歳くらいだったのでしょうか。
ということは,この出来事は15~16歳より前の出来事ということになりますね。その割にしっかりした,大人びた文章とは思いませんか? 実は『更級日記』はその都度書かれた物ではなく,大人になってからまとめて書いたものと推測されています。つまり日記というより回想録なわけですね。
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~テスト~
今回紹介した文章の中で,「あはれなり」が3つの意味で使われています。その3つの意味を答えなさい(答えはページ一番下)
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~おまけの単語勉強~
「うべ」「うべし」「うべうべし」(「うべ」に漢字をあてると「宜」):「なるほど」とか「もっともだ」とかいう意味。「うべなるかな・むべなるかな」(=もっともなことだなあ)という表現もある。この「うべし」が助動詞「べし」の語源とも(「べし」は形容詞ク活用型をしている)
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『更級日記』の著者は
次回はもう一つ有名な,彼女が『源氏物語』をゲットして,「后になるよりも幸せだ」と思う下りをやります。↓次回はこちら
↓この記事のアイキャッチ画像は以下の記事にあります
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~テストの答え~
(1) 悲しい
花の咲き散る折(季節)毎に、乳母なくなりし折ぞかし(季節なんだよな)、とのみ(ただ)
(2) 心打たれる
「夢にこの猫の(猫が)側に來て、『己は、侍從大納言殿の御女のかくなりたるなり(このような姿になった者だ)。さるべき(そうなるはずの)縁(因縁)のいさゝか(少し)ありて、この中の君(妹さん)の、すゞろに(やたらと)
(3) かわいい
その後は、この猫を北面にも出さず、思ひかしづく(心をこめて世話する)。唯ひとり居たる所に(自分がただ一人でいるところに)、この猫がむかひ居たれば、掻い撫で(やさしく撫で)つゝ、「侍從大納言の姫君のおはするな(いらっしゃいますね)。大納言殿に、知らせ奉らばや(お知らせしたいものです)」と言ひかくれば(話し掛けると)、顔をうちまもりつゝ(じっと見守りながら)、長う啼くも心のなし(心なしか)、目のうちつけに(ちょっと見たところでは)、例の猫(普通の猫)にはあらず、聞き知り顔に(分かっているような顔で)あはれなり(かわいい)
ということでこの文章は「あはれなり」の意味を3つ確認できる,優れた文章です。また「驚く」が「はっと気づく」「目を覚ます」の2つの意味で使っている点も教育的ですね。