フレイニャのブログ

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古文の勉強8:『更級日記』花の咲き散る折毎に(姫猫にゃん)

前回は『源氏物語』をやっていましたが,『更級日記』にかわいい猫にゃんが出てくる話があるのに飛びつきました。「ウィキソース」に2種類の原文があります。

ja.wikisource.org

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花の咲き散る折(季節)毎に、乳母なくなりし折ぞかし(季節なんだよな)、とのみ(ただ)(あはれ)なる(悲しい)に、おなじ折なくなり給ひし(お亡くなりになった)、侍從大納言の御女(娘様)の書を見つゝ(みつつ)すゞろ(すずろ)(やたらと)哀なる(悲しい)に、五月ばかり(五月頃)夜ふくるまで、物語を()みておき居たれば(起きていると)來つらむ方も見えぬに(どこから来たのかも見えないのに)、猫のいと長う()たるを、驚きて(はっと気づいて)見れば、いみじうをかしげなる(とてもかわいい様子の)猫あり。

・「ぞかし(係助詞ぞ+終助詞かし)」は「~なのだよ」と念を押す表現です。「かし(か+し)」も念押しの意味です。なお,文末の「ぞ」を終助詞とする説もあります。

・猫がやって来た方向が見えない(どこからともなくやってきた)というのは,ちょっとした伏線になっています。「来つらむ」は「来」+「つ」(完了強意)+「らむ」(現在推量,原因推量,伝聞婉曲)です。

 

いづくより來つる猫ぞと見るに、姉なる人、「あなかま(静かに)、人に聞かすな。いとをかしげなる猫なり(とてもかわいげのある猫だ)、かはむ(飼おう)」とあるに、いみじう人馴れつゝ(とても人に慣れていて)傍にうち臥したり。尋ぬる人やある(この猫を探している人がいるのか)、とこれを隱してかふ(飼う)に、凡て(全く)下衆のあたり(身分の低い人の辺り)にも寄らず、つと(ずっと)前に(私達姉妹の前に)のみありて、物(飲食物)もきたなげなるは、ほかざま(よその方向)に顔をむけてくはず(食べない)。

・姉のことを「姉なる人」って言うんですね。『更級日記』には「叔母なる人」「継母なりし人(=継母だった人)」「乳母なりし人(=乳母だった人)」という表現もあります。2人は作者より先に死んだのでしょう(年齢的に普通のことですね)

dic.pixiv.net

・「あなかま」(静かに)の「かま」は「やかましい」「かまびすしい」に残っていますね。「やかましい」も「かまびすしい」も「喧しい」と書くようです。

 

(おとと)(姉妹)の中に、つと(ずっと)まとはれて(まとわりついて,付きまとって)、をかしがり(面白がり)らうたがる(かわいがる)程に(しているうちに,していると)

・「弟(おと,おとと,おとうと)」は弟の意味にも妹の意味にもなるので文脈に注意

・「まとはれて」は下二段活用「まとはる」の連用形「まとはれ」+「て」であり,「れ」は助動詞「る」ではありません。

 

姉の惱む(病気で苦しむ)事あるに、物さわがしくて(何かと慌ただしくて)、この猫を北面(北向きの部屋)にのみあらせて(いさせて)、呼ばねば、かしがましく(やかましく)啼きのゝしれ(ののしれ)(泣き騒ぐ)ども、(なほ)(やはり)さるにてこそは(猫だからそうなんだろう)、と思ひてあるに、わづらふ(病気である)姉おどろきて(目を覚まして)、「いづら、猫は(猫はどこ)こちゐてこ(こちらに連れて来て)」とあるをなど(どうして)と問へば、

・「こちゐてこ」の「ゐて」は「()て」で,「連れて」です。「ゐてこ」なので「連れて来い」ですね(来の命令形はこ・こよ)。「いずら、猫は。こちゐてこ」という姉のセリフ,可愛いと思うのは私だけでしょうか。

 

「夢にこの猫の(猫が)側に來て、『己は、侍從大納言殿の御女のかくなりたるなり(このような姿になった者だ)。さるべき(そうなるはずの)(因縁)のいさゝか(少し)ありて、この中の君(妹さん)の、すゞろに(やたらと)(あはれ)とおもひ出で給へば(悲しいと思いだして下さるので)、たゞ暫こゝにあるを(ちょっと暫くここにいるのだが)、このごろ下衆の中にありて(最近は北面の部屋に入れられて身分の低い人に囲まれているので)、いみじうわびしき事(とても寂しい事だ)』といひて、いみじう泣くさまは、あてに(高貴に)をかしげなる(美しい・かわいい様子の)人と見えて、うち驚きたれば(はっとして目を覚ますと)、この猫の聲にてありつるが(この猫の声であったのが)、いみじく哀なるなり(とても心を打たれることだ)」とかたり給ふ(と姉が仰るの)を聞くに、いみじく哀なり(とても心を打たれる)

・「中の君」は「次女,二番目の姫君」つまりここでの「妹」(=著者)のことです。「長女」は「大君」です。

・「あてに」は形容動詞「(あて)なり」です。「貴人」は「きじん」のほか「あてびと,うまひと」と読んだりするみたいですね。

・私が面白いと思ったのは,猫がそのままでは我々と意思疎通できず,夢を通じて初めて意思疎通できたという設定です(設定というか,日記なので体験談ですが)。古代人は夢を通じて,遠くにいる人や,本来は意思疎通できない存在と意思疎通できると信じたのでしょう。

 

その後は、この猫を北面にも出さず、思ひかしづく(心をこめて世話する)。唯ひとり居たる所に(自分がただ一人でいるところに)、この猫がむかひ居たれば、掻い撫で(やさしく撫で)つゝ、「侍從大納言の姫君のおはするな(いらっしゃいますね)。大納言殿に、知らせ奉らばや(お知らせしたいものです)」と言ひかくれば(話し掛けると)、顔をうちまもりつゝ(じっと見守りながら)、長う啼くも心のなし(心なしか)、目のうちつけに(ちょっと見たところでは)、例の猫(普通の猫)にはあらず、聞き知り顔に(分かっているような顔で)あはれなり(かわいい)

・終助詞「ばや」は「……したいものだ」と願望を示します。

・「言ひかくれば」は「言ひ」+「隠れば」ではなく,下二段活用の「言い掛く」(話し掛ける)の已然形「言い掛くれ」+「ば」です。「掛く」(掛ける)には四段と下二段があるらしく,下二段の場合はこうなります。

「掛く」:掛け/掛け/掛く/掛くる/掛くれ/掛けよ

・余談ですが「隠る」にも四段と下二段があるようです。

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~この話の後日談~

ウィキソースの『更級日記』に目を通していたら,とても悲しい文に出会いました。

 “火の事ありて、大納言殿の姫君と思ひかしづきし猫も燒けぬ”

にゃんとこの猫ちゃん,火事で死んでしまったのです(治安三年=1023年卯月の出来事とある)。にゃんと悲しい泣 さらに翌月「姉なる人」も出産時に亡くなっています(子うみてなくなりぬ)。著者は1008年生まれなので,15~16歳の時にこの不幸に見舞われたことになります。姉は20歳くらいだったのでしょうか。

ということは,この出来事は15~16歳より前の出来事ということになりますね。その割にしっかりした,大人びた文章とは思いませんか? 実は『更級日記』はその都度書かれた物ではなく,大人になってからまとめて書いたものと推測されています。つまり日記というより回想録なわけですね。

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~テスト~

今回紹介した文章の中で,「あはれなり」が3つの意味で使われています。その3つの意味を答えなさい(答えはページ一番下)

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~おまけの単語勉強~

「うべ」「うべし」「うべうべし」(「うべ」に漢字をあてると「宜」):「なるほど」とか「もっともだ」とかいう意味。「うべなるかな・むべなるかな」(=もっともなことだなあ)という表現もある。この「うべし」が助動詞「べし」の語源とも(「べし」は形容詞ク活用型をしている)

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更級日記』の著者は菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)菅原孝標の娘)で,父の菅原孝標菅原道真の玄孫(孫の孫)です。『更級日記』は数え13歳の時から50代まで書いた日記です。確か「源氏物語読みたガール」であり,この菅原孝標女NHK大河ドラマの『光る君へ』にも出て来たようですね(演 吉柳咲良)(見ればよかったです)

次回はもう一つ有名な,彼女が『源氏物語』をゲットして,「后になるよりも幸せだ」と思う下りをやります。↓次回はこちら

www.freynya.com

↓この記事のアイキャッチ画像は以下の記事にあります

ja.wikipedia.org

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~テストの答え~

(1) 悲しい

花の咲き散る折(季節)毎に、乳母なくなりし折ぞかし(季節なんだよな)、とのみ(ただ)(あはれ)なる(悲しい)に、おなじ折なくなり給ひし(お亡くなりになった)、侍從大納言の御女(娘様)の書を見つゝ(みつつ)すゞろ(すずろ)(やたらと)哀なる(悲しい)に、五月ばかり(五月頃)夜ふくるまで、物語を讀(読)みておき居たれば(起きていると)、來つらむ方も見えぬに(どこから来たのかも見えないのに)、猫のいと長う啼い(泣い)たるを、驚きて(はっと気づいて)見れば、いみじうをかしげなる(とてもかわいい様子の)猫あり。

 

(2) 心打たれる

「夢にこの猫の(猫が)側に來て、『己は、侍從大納言殿の御女のかくなりたるなり(このような姿になった者だ)。さるべき(そうなるはずの)(因縁)のいさゝか(少し)ありて、この中の君(妹さん)の、すゞろに(やたらと)(あはれ)とおもひ出で給へば(悲しいと思いだして下さるので)、たゞ暫こゝにあるを(ちょっと暫くここにいるのだが)、このごろ下衆の中にありて(最近は北面の部屋に入れられて身分の低い人に囲まれているので)、いみじうわびしき事(とても寂しい事だ)』といひて、いみじう泣くさまは、あてに(高貴に)をかしげなる(美しい・かわいい様子の)人と見えて、うち驚きたれば(はっとして目を覚ますと)、この猫の聲にてありつるが(この猫の声であったのが)、いみじく哀なるなり(とても心を打たれることだ)」とかたり給ふ(と姉が仰るの)を聞くに、いみじく哀なり(とても心を打たれる

 

(3) かわいい

その後は、この猫を北面にも出さず、思ひかしづく(心をこめて世話する)。唯ひとり居たる所に(自分がただ一人でいるところに)、この猫がむかひ居たれば、掻い撫で(やさしく撫で)つゝ、「侍從大納言の姫君のおはするな(いらっしゃいますね)。大納言殿に、知らせ奉らばや(お知らせしたいものです)」と言ひかくれば(話し掛けると)、顔をうちまもりつゝ(じっと見守りながら)、長う啼くも心のなし(心なしか)、目のうちつけに(ちょっと見たところでは)、例の猫(普通の猫)にはあらず、聞き知り顔に(分かっているような顔で)あはれなり(かわいい)

 

ということでこの文章は「あはれなり」の意味を3つ確認できる,優れた文章です。また「驚く」が「はっと気づく」「目を覚ます」の2つの意味で使っている点も教育的ですね。