フレイニャのブログ

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百人一首で古文文法のお勉強1:崇徳院「瀬をはやみ……」

まだまだ古文文法が身についていませんので,百人一首の有名なやつで古文文法を勉強し,経験を積めたらと思います。

百人一首77 崇徳院

瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思ふ

「名詞+を+形容詞語幹+接尾語み」で「名詞が形容詞なので」(和歌特有の表現らしい)。(とま)をあらみ」は「苫(屋根を塞ぐむしろ)のキメが粗いので」。「夜を寒み」は「夜が寒いので」。「野をなつかしみ」は「野が親しく思えるので,野に心惹かれるので」。「なつかし」は「懐く」から来ており,「親しみを感じられる」。後になって「昔が懐かしい」のような意味が生まれた模様

ということで「瀬をはやみ」は「瀬(川の浅くなっている所)の流れが速いので」

「せかるる」は「()く・()く」の未然形「せか」に,自発・可能・受身・尊敬の助動詞「る」の連体形「るる」。「堰き止められる(→滝川)」

「せく」は以下の3つ

・「急く」(四段):急ぐ,慌てる,苛立つ,急がせる

・「堰く・塞く」(四段):堰き止める(涙にも使う),妨げる

・「咳く」(四段):咳をする。「咳く」は方言として残っている模様

ということで「岩にせかるる滝川の」は「(水が)岩に堰き止められる滝川が」

「われても」は「(水の流れが)分かれても」

「末」はここでは「最後,未来,後の世」

「あはむ」は「会ふ・逢ふ」の未然形+推量・意志などの助動詞「む」

ということで「岩に堰き止められて川の水が分かれても,いつかはまた合流したいと思う」みたいな意味で,「離れ離れになった2人だが,いつかは(最後には)また会いたい」みたいな含意がある,恋の歌です

瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思ふ

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~おまけの勉強~

「怠る」(四段活用)は「なまける」のほか「病気がよくなる」に注意。物の怪が人を苦しめる(=病気の原因)のを怠るということ?

「悩む」「いたはる」(共に四段活用)には「病気になる」の意味もあるので注意

「いかにもなる」は「死ぬ」の意味もある(婉曲?)ので注意

「……くなむ」「……になむ」「……ずなむ」の「なむ」は係助詞と覚える:「……くなむ」は形容詞の連用形(美しく)+「なむ」,「……になむ」は形容動詞の連用形(あはれに)+「なむ」,「……ずなむ」は打消の助動詞の連用形(ず)+「なむ」。普通は係助詞は体言・連体形に付くからこれらは注意とのこと。係助詞なので係り結びしていることを確認するとなお良し。他に未然形+「なむ」で「……してほしい」(あつらえの願望),連用形+「な」+「む」で「きっと……だろう」(例.ねらざむもわろかりなむ)。「死なむ」は「死な」+「む」(いわゆる「なむ」の識別問題)

崇徳天皇(第75代;在位1123~1142)

1119年生まれ。鳥羽天皇(第74代)の第一皇子。母は待賢門院璋子(大河ドラマ平清盛』で檀れいが演じた)

1123年,数え5歳で即位(白河法皇院政時代)

1129年,白河法皇崩御し,鳥羽上皇院政開始

1142年,3歳の弟,近衛天皇鳥羽天皇の第九皇子;第76代)に譲位させられる。鳥羽法皇院政崇徳上皇は「新院」と呼ばれる。院政できなかったためか和歌の世界に没頭。“当時の歌壇は崇徳院を中心に展開した”ウィキペディア崇徳天皇」より)

※父の鳥羽上皇に譲位させられた理由は,鳥羽上皇近衛天皇の生母の美福門院(大河ドラマ平清盛』で松雪泰子が演じた)を寵愛したため

1155年,近衛天皇が17歳で崩御後白河天皇鳥羽天皇の第四皇子)が29歳で即位(第77代)

1156年,鳥羽法皇崩御保元の乱起こる

勝利:後白河天皇藤原忠通源義朝玉木宏),平清盛松山ケンイチ),信西

敗北:崇徳上皇藤原頼長山本耕史),源為義小日向文世),源為朝

頼長は自害,為義は子義朝により処刑,為朝は伊豆大島へ配流

崇徳上皇は剃髪して投降→讃岐国へ配流。天皇もしくは上皇の配流は,藤原仲麻呂の乱における淳仁天皇淡路国配流以来,およそ400年ぶりの出来事だった。同行したのは寵妃の兵衛佐局と僅かな女房だけだった”ウィキペディア崇徳天皇」より)

1164年,配流先で崩御(46歳;暗殺説あり)

崇徳院藤原頼長は怨霊化したと当時の人々に恐れられた

なおこの歌は崇徳院が久安六年(1150年)までに集めさせた「久安百首(崇徳院御百首)」に収められ,また1150年~1152年に成立した崇徳院の命による勅撰和歌集詞花和歌集」にも選ばれており,保元の乱以前に詠まれたことになりますので,配流先で詠まれた歌ではないことになります。先ほどの「和歌の世界に没頭」の時期に詠まれたのでしょうかね

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↓『平清盛』で崇徳上皇を演じた井浦新(いうらあらた)は「光る君へ」にも起用された。私が初めて彼を観たのは映画『ピンポン』の時であり,その時は ARATA だった

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