ガヌロンがマルシル王の妃たちから私的な贈り物を貰い,シャルルへの貢物も預かってシャルルの下に帰還した「ローランの歌(10)」の続きです。
LIV (54)
In morning time is risen the Emperere,
Mattins and Mass he's heard, and made his prayer;
On the green grass before the tent his chair,
Where Rollant stood and that bold Oliver,
Neimes the Duke, and many others there.
Guenes arrived, the felon perjurer,
Begins to speak, with very cunning air,
Says to the King: "God keep you, Sire, I swear!
Of Sarraguce the keys to you I bear,
Tribute I bring you, very great and rare,
And twenty men; look after them with care.
Proud Marsilies bade me this word declare
That alcaliph, his uncle, you must spare.
My own eyes saw four hundred thousand there,
In hauberks dressed, closed helms that gleamed in the air,
And golden hilts upon their swords they bare.
They followed him, right to the sea they'll fare;
Marsile they left, that would their faith forswear,
For Christendom they've neither wish nor care.
But the fourth league they had not compassed, ere
Brake from the North tempest and storm in the air;
Then were they drowned, they will no more appear.
Were he alive, I should have brought him here.
The pagan king, in truth, Sire, bids you hear,
Ere you have seen one month pass of this year
He'll follow you to France, to your Empire,
He will accept the laws you hold and fear;
Joining his hands, will do you homage there,
Kingdom of Spain will hold as you declare."
Then says the King: "Now God be praised, I swear!
Well have you wrought, and rich reward shall wear."
Bids through the host a thousand trumpets blare.
Franks leave their lines; the sumpter-beasts are yare
T'wards France the Douce all on their way repair.
AOI.
朝になり皇帝が起きる。朝課とミサを聴き,祈りを捧げる。陣幕の前の緑の芝生に彼の椅子があり,ローランと勇敢なオリヴィエが立っていた。ネーム公,また多くの他の者もいた。
ガヌロンが到着した。重罪犯の偽証者だ。非常に狡賢い雰囲気で話し始める。王に言う。「陛下に神の御加護を。私は誓います!
サラゴサの鍵をお持ちしました。非常に価値のある貢物を運んで来ました。そして人質を二十名。丁重にお扱い下さい。誇り高きマルシルは以下の言葉を私に託しました。彼のおじのカリフは見逃して下さいと。
四十万の兵をこの目で見ました。鎖帷子を身に付け,兜がキラキラと輝いていました。剣の金色の柄を握っていました。彼らは王に付き従い,海に出るでしょう。
彼らはマルシルの下を去りました。忠誠を辞めることを誓うでしょう。彼らはキリスト教世界を望んでも気にかけてもいないのです。
しかし四里も航海せぬ内に,北からの嵐が吹き荒れました。そして彼らは溺れ死にました。二度と現れないでしょう。仮にカリフが生きていれば,彼をここに連れて来ていたでしょう。
陛下,異教徒の王は本当に,この言葉を私に託しました。今年の一か月が経つ前に,彼は陛下を追ってフランスに,陛下の帝国にやって来ると。彼は陛下が畏れ抱く法を受け入れると。手を握って陛下に臣従すると。スペインの王国は陛下の言う通りになると」
すると王は言う。「さあ神を讃えよう。余は誓う! よくやった。十分な褒美を取らせよう」
軍勢の間に,一千のトランペットを吹かせる。フランク人たちは持ち場を離れる。荷物運びの動物たちの準備はできた。皆で甘美なフランスへ向かおう。
・do (you) homage は「(貴方に)臣従を誓う」です。
・sumpter-beasts は「荷物運搬用動物」,yare は「準備ができた」です。
・「彼らが海で溺死した」とか訳のわからぬ事を言っているのは,ガヌロンが偽りの報告をしているのでしょう。いずれにしてもカール大帝軍はフランスに退却を始めるわけですね。
LV
Charles the Great that land of Spain had wasted,
Her castles ta'en, her cities violated.
Then said the King, his war was now abated.
Towards Douce France that Emperour has hasted.
Upon a lance Rollant his ensign raised,
High on a cliff against the sky 'twas placed;
The Franks in camp through all that country baited.
Cantered pagans, through those wide valleys raced,
Hauberks they wore and sarks with iron plated,
Swords to their sides were girt, their helms were laced,
Lances made sharp, escutcheons newly painted:
There in the mists beyond the peaks remained
The day of doom four hundred thousand waited.
God! what a grief. Franks know not what is fated.
AOI.
カール大帝はスペインの土地を荒廃させた。その諸城を取り,街々を破壊した。
それから王は言った。自身の戦を止めると。甘美なフランスへとかの皇帝は急いだ。
大槍の上にローランは旗を掲げた。崖の上,空を背景に旗は置かれた。陣幕にいるフランク人たちは国中に誘き寄せられた。
異教徒たちは広い低地を駈歩で抜けた。鎖帷子と鉄のプレートのシャツを纏い,脇に剣を締め,兜を結び,大槍は鋭く,紋章は塗り直して。
峰を超えた靄の中に留まった。四十万の兵は運命の日を待った。神よ!悲しいこと哉。フランク人たちは自らの運命を知らない。
・ensign は「旗,軍旗」です。
・against には「……を背景にして」という〈背景の against〉があります。
・escutcheon /ɪskʌtʃən/ [イスカチャン] は「盾形の紋章」です。フランス語では「エキュ」と言うようです。
・残されたローランの殿軍にサラセン軍が迫りました。
LVI
Passes the day, the darkness is grown deep.
That Emperour, rich Charles, lies asleep;
Dreams that he stands in the great pass of Size,
In his two hands his ashen spear he sees;
Guenes the count that spear from him doth seize,
Brandishes it and twists it with such ease,
That flown into the sky the flinders seem.
Charles sleeps on nor wakens from his dream.
昼間は過ぎ,夜の闇が深まる。かの皇帝,偉大なシャルルは眠っている。シズレの大峠に立っている夢を見ている。両手にはトネリコの槍を握っている。
ガヌロン伯爵がその槍を王から引っ掴み,槍を余りに易々と振り回すので,空に向かって粉々に砕けるように見える。シャルルは眠り続け,夢から醒めることもない。
・Guenes the count that spear from him doth seize の部分はもう一つのバージョンでは Which suddenly Count Ganelon has snatched「その槍を突然ガヌロン伯爵がひったくった」となっています。
・flinder は「破片」です。
LVII
And after this another vision saw,
In France, at Aix, in his Chapelle once more,
That his right arm an evil bear did gnaw;
Out of Ardennes he saw a leopard stalk,
His body dear did savagely assault;
But then there dashed a harrier from the hall,
Leaping in the air he sped to Charles call,
First the right ear of that grim bear he caught,
And furiously the leopard next he fought.
Of battle great the Franks then seemed to talk,
Yet which might win they knew not, in his thought.
Charles sleeps on, nor wakens he for aught.
AOI.
そしてこの後もう一つの像を見た。フランスはアーヘンの礼拝堂に今一度いる。彼の右腕に邪悪な熊が齧り付いた。アルデンヌの森から豹が闊歩して出て来る。彼の体を鹿たちが獰猛に襲った。
しかしそのとき猟犬がホールから駆け出て来て空中を跳び,シャルルの呼び掛けに駆け寄る。先ずその恐ろしい熊の右の耳を摑み,次に豹と激しく戦った。
フランク人たちは大いなる戦いについて話しているようだったが,どちらが勝ったか彼らには分からないように王は思った。
シャルルは眠り続け,目覚める気配がない。
・「フランスのアーヘン」とありますが,現在はドイツにあります。フランスではなく,ベルギー国境,オランダ国境に面しています。この辺もフランク王国だったのでしょう。
・gnaw /nɔː/ は「噛む,齧る」。g を発音しません。
・stalk は「ストーカー」という言葉もあるように「こっそり近づく」の意味もありますが「大股で闊歩する」の意味もあります。
・harrier は「(兎を追う)猟犬」で「野兎」の hare から来ています。もう一つのバージョンでは greyhound になっています。
・熊や豹が示唆しているのは,やはりマルシル軍でしょうか。猟犬はローラン?
LVIII
Passes the night and opens the clear day;
That Emperour canters in brave array,
Looks through the host often and everyway;
"My lords barons," at length doth Charles say,
"Ye see the pass along these valleys strait,
Judge for me now, who shall in rereward wait."
"There's my good-son, Rollanz," then answers Guenes,
"You've no baron whose valour is as great."
When the King hears, he looks upon him straight,
And says to him: "You devil incarnate;
Into your heart is come a mortal hate.
And who shall go before me in the gate?"
"Oger is here, of Denmark;" answers Guenes,
"You've no baron were better in that place."
AOI.
夜が過ぎ,明るい日中がやって来る。かの皇帝は勇ましい戦列の中で駈歩で駆ける。軍勢の至る所をたびたび眺めながら。
「卿たちよ」ついにシャルルは言う。「この谷を抜ける道は狭い道だ。誰を殿軍に置くべきか教えてくれ」
「義理の息子のローランがおります」とガヌロンが答える。「息子ほど勇敢な家臣を陛下は持ちませぬ」
王はこれを聞くと,真っ直ぐ彼を見る。そして彼に言う。「お前は悪魔の化身か。お前の心にはひどい憎悪が芽生えておる。で,余の前は誰に先導させる?」
「オジェがいます。デンマークの」とガヌロンは答える。「彼ほどその役に適した家臣はおりません」
・strait は「海峡」が有名ですが古語では「狭い;狭い道」といった意味があります。
・incarnate は “carn” が「肉」を意味し(cf. carnival)「肉体に具現された」です。『ランダムハウス英和大辞典』に a devil incarnate「悪魔の化身」が用例としてそのまま載っていました。
・gate は「門」ではないでしょう。「山道,三峡」という意味があるようですが,もう一つのバージョンでは van「先頭,前衛」となっていたので rereward「殿軍」との対比が良く,これを採用しました。
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「お前は悪魔の化身か」と言いながら,ローランを殿軍に置く進言を容れてしまったのでしょうか。次回をお楽しみに!
↓次回はこちら
↓「デンマークのオジェ」
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Twitter告知用あらすじ:シャルルマーニュの下に戻ったガヌロンは偽りの報告をし,シャルル軍をフランスへ退かせる。シャルルは不吉な夢を見るが,翌朝,ガヌロンの助言に従い殿軍にローランを,前衛にデンマークのオジェを配置。殿軍にはマルシル軍が迫っていた。