マルシル王の降伏を受け入れるかで会議をしていた「ローランの歌(4)」の続きです。
XVIII
"My lords barons, say whom now can we send
To th' Sarrazin that Sarraguce defends?"
Answers Rollanz: "I might go very well."
"Certes, you'll not," says Oliver his friend,
"For your courage is fierce unto the end,
I am afraid you would misapprehend.
If the King wills it I might go there well."
Answers the King: "Be silent both on bench;
Your feet nor his, I say, shall that way wend.
Nay, by this beard, that you have seen grow blench,
The dozen peers by that would stand condemned.
Franks hold their peace; you'd seen them all silent.
「諸卿たちよ,では誰をサラゴサを守るサラセンの下へ派遣すべきか教えよ」 ローランが答える。「私が行くのが良いでしょう」「決して君が行ってはいけない」と友人のオリヴィエが言う。「君はとことんまで勇猛だから,君は思い違いをしかねない。王のお許しがあらば,私が行くのが良いでしょう」王は答える。「二人とも黙って座りなさい。君にも彼にもそちらへは行かせない。青白くなって行くのをお前たちが見てきたこの髭にかけて,否だ。この髭にかけて12人の仲間達はあそこへは行かせぬ」
フランク人たちは黙り込む。彼らが皆黙っているのを見ただろう。
・Sarrazin について,実際サラザンという名前はあるものの,定冠詞 the が付いているのが気になって調べました。すると Wiktionary に,Old French で Sarrazin は Saracen のこと,とありました。念のため調べてよかったです。
・Certes は「確かに,きっと」です。certainly 的な何かですかね。
・you have seen grow blench は苦労しましたが,blench は『ランダムハウス英和大辞典』では「怯む,避ける;青ざめる」です。これが関係代名詞 that を介して(古い英語では〈カンマ+関係代名詞 that〉は可)「髭」を修飾しています。「青白くなって行くのをお前たちが見てきたこの髭」です。
・you'd seen them all silent はちょっと自信がないのですが,直前の Franks hold their peace はカール大帝のセリフではなく,地の文と推測されます。peace には「無言,静けさ」の意味があり,集まった臣下達は黙ったということでしょう。そこで you would have seen them all silent「読者であるあなたがそこにいたら,彼らが皆黙っているのを見ただろう」(仮定法過去完了)と解釈しました。
・大意としては,ローランが赴くのもオリヴィエが赴くのも,カール大帝は反対ということで良いでしょう。
XIX
Turpins of Reins is risen from his rank,
Says to the King: "In peace now leave your Franks.
For seven years you've lingered in this land
They have endured much pain and sufferance.
Give, Sire, to me the clove, also the wand,
I will seek out the Spanish Sarazand,
For I believe his thoughts I understand."
That Emperour answers intolerant:
"Go, sit you down on yonder silken mat;
And speak no more, until that I command."
AOI.
ランスのテュルパンが列席から立ち上がり,王に言う。
「陛下のフランク人たちには黙ってもらいましょう。陛下は七年もこの地に長居しています。フランク人たちは多くの苦難と苦痛に耐えて来ました。
陛下,私に手袋と職杖をお貸し下さい。私がスペインのサラセンを探し出します。彼の考えていることは分かっています」
かの皇帝は頑固に答える。「ほれ,あそこの絹のマットに座っておれ。余が命令するまでもうこれ以上話すな。」
・この peace も前節同様「無言・静寂」と取るべきものでしょう。
・sufferance は古語では「苦痛」の意味があります。
・Sire(サイアー)は「陛下」です。
XX
"Franks, chevaliers," says the Emperour then, Charles,
"Choose ye me out a baron from my marches,
To Marsilie shall carry back my answer."
Then says Rollanz: "There's Guenes, my goodfather."
Answer the Franks: "For he can wisely manage;
So let him go, there's none you should send rather."
And that count Guenes is very full of anguish;
Off from his neck he flings the pelts of marten,
And on his feet stands clear in silken garment.
Proud face he had, his eyes with colour, sparkled;
Fine limbs he had, his ribs were broadly arched
So fair he seemed that all the court regarded.
Says to Rollant: "Fool, wherefore art so wrathful?
All men know well that I am thy goodfather;
Thou hast decreed, to Marsiliun I travel.
Then if God grant that I return hereafter,
I'll follow thee with such a force of passion
That will endure so long as life may last thee."
Answers Rollanz: "Thou'rt full of pride and madness.
All men know well, I take no thought for slander;
But some wise man, surely, should bear the answer;
If the King will, I'm ready to go rather."
AOI.
「フランク人たちよ,騎士たちよ」それでカール大帝は言う。「我が領土から,余のために一人の侯伯を選んでくれ。余の返事をマルシルに伝える者を」
それでローランは言う。「私の養父ガヌロンがいます」フランク人たちは答える。「彼なら上手くやりこなせるだろう。彼に行かせよう。彼をおいていないだろう」
それでガヌロン伯爵は非常に苦悩した。首から貂の毛皮を振り落とし,絹の衣服を纏って両足で立つ。表情は誇りを湛え,目がキラリと光っていた。立派な四肢を伸ばし,胸骨は弓のように張っていた。とても立派な外見のため,宮廷中の者が眺めた。
ローランに言う。「馬鹿者,何故そう怒りに満ちておるのだ? 私がお前の養父であることは皆よく知っている。私がマルシルの下へ行くよう,お前は命じた。ならばもし,私がそこから帰還することを神が保証されるなら,私はお前に従おう。お前が生き永らえる限り続く強い怒りと共に」
ローランは答える。「父さんは誇りと怒りに満ちています。皆よく知っています,私が不名誉なことを考えないことを。しかし賢明な人たちはきっと答えを出すでしょう。王が許せば,むしろ私が喜んで行きます」
・この marches は「国境・辺境,領地・領土」です。
・marten は「貂(テン)」です。
・silken garment はもう一つのバージョンでは his silk blialt となっており,blialt は bleaunt,bliaud(ブリオー)のことのようです。ウィキペディアでブリオーを調べると,正にここのシーンが描かれていました:“ブリオーという言葉がはじめて登場するのは,11世紀の武勲詩『ローランの歌』の作中である。カール大帝の騎士ガヌロンは,義理の息子ローランによって前任者二人が惨殺されたサラセン人への使者に推挙され,怒りのあまりマントをかなぐり捨てる。この時,ガヌロンの着ている衣服がブリオーと呼ばれている。このブリオーは厚い胸板が見て取れるような,比較的薄い生地の上半身が体にぴったりとした衣装であった”
→これに基づき,和訳を修正しました。
・passion は「情熱」として有名ですが「激しい怒り,激情」の意味もあります。
・ちょっとこのガヌロンの主張がよく分かりませんね。特に「怒り(wrathful)」の辺りが。「馬鹿者」とか言っているので,多分行きたくないんだろうということ,そして2人が余り仲良くないのだろうというのは伝わってきます。
XXI
Answers him Guene: "Thou shalt not go for me.
Thou'rt not my man, nor am I lord of thee.
Charles commnds that I do his decree,
To Sarraguce going to Marsilie;
There I will work a little trickery,
This mighty wrath of mine I'll thus let free."
When Rollanz heard, began to laugh for glee.
AOI.
ガヌロンは彼に答える。「そなたは私の代わりに行かなくて良い。そなたは私の部下ではないし,私もそなたの主君ではない。
シャルルは私が指示を実行するよう命令しているのだ。サラゴサへ,マルシルの下へ行くことを。
そこで私はちょっとした策略を行おう。この私の強い怒りをそれで解き放とう」ローランはこれを聞くと,面白そうに笑い出した。
・この「怒り(wrath)」というのはローランに指名されたことへの怒りなのでしょうか? というより「ちょっとした策略をする」とか言っていいんでしょうか?
XXII
When Guenes sees that Rollant laughs at it,
Such grief he has, for rage he's like to split,
A little more, and he has lost his wit:
Says to that count: "I love you not a bit;
A false judgement you bore me when you chid.
Right Emperour, you see me where you sit,
I will your word accomplish, as you bid.
AOI.
ローランが笑うのを見ると,ガヌロンは怒りをぶちまけそうになり,苦悩する。もう少しで,正気を失いそうだ。
その伯爵に言う。「私はお前を少しも愛していない。お前が小言を言った時,間違った判断を抱いておった。
皇帝陛下,お座りになられている所から私が見えるでしょう。私が陛下のお言葉を達成しましょう。仰せのままに」
・chid は chide「非難する,小言を言う」の過去形です(chided もあり)
・どうもガヌロンとローランは仲が悪そうですね。
XXIII
"To Sarraguce I must repair, 'tis plain;
Whence who goes there returns no more again.
Your sister's hand in marriage have I ta'en;
And I've a son, there is no prettier swain:
Baldwin, men say he shews the knightly strain.
To him I leave my honours and domain.
Care well for him; he'll look for me in vain."
Answers him Charles: "Your heart is too humane.
When I command, time is to start amain."
AOI.
「サラゴサへは私が赴かねばならぬようです。これは明白です。そこに行く者はもはや戻っては来ません。
結婚式の時,陛下の妹の手を取りました。そして私には息子がいます。これほど可愛い者はおりません。
ボードゥアンです。騎士の風格があると人は言います。彼に私は名誉と領土を残します。息子の面倒を宜しくお願いしたい。息子が私を探しても見つからないでしょうから」
シャルルは答える。「そなたの心は人情に溢れておる。余が命令する以上,行くのはそなたの義務だ」
・最後の文についてもう1つの英語版では Since I command, your duty 'tis to go です。こちらの訳を当てました。
・Your sister's hand in marriage have I ta'en「結婚式の時,私はあなた(=カール大帝)の妹の手を取った」については Wikipedia の Ganelon に “Ganelon was married to Charlemagne's sister and had a son with her”「ガヌロンはシャルルマーニュの妹と結婚し,彼女との間に1人の息子がいた」とあります。ガヌロンはカール大帝の義弟なんですね。
・Baldwin「ボールドウィン」という英語名に対するフランス語名は Baudouin「ボードワン,ボードゥアン」のようです。
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取り敢えずガヌロンが行くことに決まったようです。次回,出発でしょうか。
↓次回はこちら
↓テュルパンのアルマス(中央アジアで見られる UMA アルマスとは別)
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Twitter 告知用あらすじ:自分がマルシル王の下に行くという,ローラン,オリヴィエ,テュルパンの申し出をカール大帝は退ける。するとローランは養父のガヌロンを推挙。ガヌロンは怒りに狂いながらも同意する。