大学の講義で印象に残ったことを,記憶を頼りに書いています。専門家ではありませんのでご了承下さい。
「唯神論(唯心論)」とは,精神がまずありきという考え方です。人間には精神・魂・心というものがあり,これが人間を特別な存在にしてくれており,人間の発展も精神があるからであると。
これに対し「唯物論」とは,ます物質があるという考え方です。「唯物論」で有名なのはマルクスでしょうか。人類の物質的発展(生産力の発展)に伴って,人間社会も変容・発展していくというのが「唯物史観」です。
ちょっとここで屁理屈を思いついてしまいました。脳にエネルギーを供給しているのは炭水化物(糖質)です。物を食べなければ脳が働かず,精神も保てなくなる。ある化学雑誌に「感情も思考も化学反応」と書いてあってなるほどと思いました。だから唯物論が勝るのでは?
恐らくこれに関しては,そこまで前提を下げないということだと思います。心身共に健康な生活を送れるほどの物質は足りているという前提の上です。
「唯神論」か「唯物論」かという問題に関し,社会学者のマックス・ヴェーバー(マックス・ウェーバー,Max Weber)は,片方だけでは駄目だとしました。
平和な時代では「唯物論」的な考え方で回っていく。しかし激動期,国家が伸るか反るかの転轍期では「唯神論」,精神の力が重要だとしたのです。
平和が続いた江戸時代と,激動の明治維新期を比べると分かりやすいかもですね。
ヴェーバー(1864-1920)に関して私が印象的だったのは,彼が一度大きな挫折を味わっているという点です。彼はベルリン大学(講師),フライブルク大学,ハイデルベルク大学で活躍するのですが,30代半ばで神経症を患います。私が受けた講義では,一つのきっかけとして父と対立して,徹底的に父をやり込めたらまもなく父が死んでしまって……みたいな話をしていた気がします。病気が癒えたあとのヴェーバーを,先生は「後期ヴェーバー」と言っていましたが,『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』『古代ユダヤ教』などの名著はこの「後期ヴェーバー」の時期に書かれたのです。
大成するには必ず挫折しなければならないと決まっているわけではないでしょうが,大きな挫折を乗り越えた人は強いという印象がありますね。